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デジタル教科書導入に思う

◆デジタル教科書導入に思う
 デジタル教科書が、2030年度から正式導入されるそうです。そんな時代が来たのですね。 重たそうなランドセルの上にさらにナップサックも背負って通学している小学生達を見ると、 さぞ重かろう等と思っていました。デジタル教科書であれば、ランドセルの中身も軽くなるでしょうし、 文字の拡大や音声読み上げ等、今までにない機能も満載でしょう。しかし、デジタル教科書は、 学力低下につながりかねないと言う研究結果も出ているそうです。 紙の教科書が一気にデジタル教科書に置き換わるのではなく、それぞれの優位な点を考慮しつつ、 適所適材で使い分けて行くようになってくれると思っております。

 私自身の事ですが、パソコン等の画面で文章を読む時は、目が文字の上を滑ってしまい、 ついついスクロールを急いでしまう気がしています。一方、紙の上の文章を読む時は落ち着いて、 じっくり読み進む事ができます。精読は紙の本の方がやり易いと思います。

 デジタル教科書になった場合、近視になる可能性が高くなるという事も懸念されます。 近視になっても眼鏡やコンタクトレンズで矯正できるから大した問題にはならない・・・とは言えないのです。 近視の程度が強いほど、緑内障、網膜剥離、近視性黄斑症などのリスクが高まると言われています。 デジタル化と共に近視対策もしっかりしていただきたいと思います。私自身は(もちろん紙の教科書でしたが)、 中学時代から強度近視で、64歳ごろ緑内障が見つかり、現在眼科に通院しております。

 デジタル教科書導入が、書く力低下に繋がるという事も報告されていています。最初、 私には書く力がなぜ低下するのか理解出来ませんでした。 教科書だけがデジタル化するというイメージで私は捉えていましたが、そうではないらしいです。 デジタル教科書は、デジタル黒板、デジタルノートと繋がっています。 黒板とノートがオンラインで繋がるようになると、確かに手書はしなくなるでしょう。 さらには、テストもデジタル化して(先生の採点、集計は楽になるでしょうけど)、 ますます手書をしなくなるでしょう。

 書に関わる者の一人として、デジタル教科書が書道の衰退に繋がるのではないかと言う懸念を抱いております。 手書きの機会が減ると、美しい手書き文字の必要性が少なくなってしまいます。

◆将来のディスプレイ
 ディスプレイの過去を振り返ってみると、初期はブラウン管「箱」でした。 それが、液晶ディスプレイ「板」になりました。さらには、厚さが0.3mm位の電子ペーパー「紙」も存在します。 ここまで、 ディスプレイは「箱」→「板」→「紙」と変遷してきたわけですが、この先は「本」になるのではないでしょうか?? 本にするためには電子ペーパーの厚さが0.1mm位になる必要があります。 それでもいつかは既存の本と同様な形態をしている「デジタル本」が出来ると思います。 「デジタル本」を教科書として使うとすると、生徒が持ち歩くのは「デジタル本」1冊のみになります。

 もう一つの技術ですが、手書文字の入力技術です。タブレット端末等で、タッチペンで手書き文字の入力は出来ています。 しかし、このタッチペンの書き心地は最高に悪いです。将来的には「筆」と同様になって欲しいところですが、 せめて「ペン」並みの書き心地が実現される事を願っています。書き心地の事はさておき、このタッチペンで、 教科書にメモを記入する事ができれば、さらに重要部分にラインマーカーを引くことができれば、 紙の本と何ら変わらない「デジタル本」になります。「デジタル本」には、教科書本文をダウンロードする機能だけではなく、 メモやマーカーの情報を個人毎にアップロードする機能も必要になってきます。 もし、こんな「デジタル本」が出来たら、紙の本とほぼ同じ使い方が出来るので、教科書のデジタル化は、 あっという間に進むのではないでしょうか?

 タッチペンでの入力で思い出しましたが、デジタル書道という物があるのですね。タッチペンで入力する、もしくは、 紙に書いた文字をスキャナー等で読み取って、文字入力を行った後にデジタル加工して作品を作るのだそうです。 さらにはAI書道が・・・でも、これは芸術と言えるのでしょうか?

◆書道界の将来
 さて、教科書デジタル化によって、書道界はどう変わるでしょうか? 考えたくもないですが書道人口が減少していく事は避けがたい気がしています。しかし、書道には文字に感情を込め、 感動を伝えるという素晴らしい特性があります。今まで連綿と受け継がれてきた書の名品は、 これからもその輝きを保ち続けるはずです。
 書道人口が少なくなっていく事は避けがたいかもしれませんが、 他の芸術と同様に決してなくなる事はないと思います。

◆日展第5科(書)応募者数から予想する20年後の書道人口
 「書道人口は減少していくが、他の芸術と同様に決してなくなる事はない」という事から、 他の芸術人口はどうだろうかと考え、色々な芸術を対象にしている日展の応募者数が参考になると思いました。 芸術に親しむ人口と日展の応募者数に相関関係があるという前提に立って考えてみました。

2025年の日展の応募点数(入選点数ではありません)は、次のようになっています。
部門
応募点数
%
第1科(日本画)

335

3

第2科(洋画)

1,375

12

第3科(彫刻)

83

1

第4科(工芸美術)

592

5

第5科(書)

9,059

79

合計

11,444

100

※背景が黄色の数値を後に使用する

総応募点数のなんと8割が、第5科(書)で、その多さが際立っています。 書道は、年賀状、書初め等日本文化として根付いている事、 手軽に始められるにも関わらず奥深い芸術性を秘めている事、 生涯続けられる文化活動である事等により、多くの人々を魅了している事の証明でもあると思います。 書の応募点数が多いもう一つの理由は、書にとって日展が最高峰の展覧会であるからです。 一方、他の芸術分野では、日展が必ずしも最高峰とは限りません。 日展の位置付けは各芸術分野で多少異なります。

書部門の分野別応募点数は公式には公開されていないので、Webで見つけた推計による分野別応募点数を示します。
書の分野
応募点数
%
漢字

3,620

40

かな

3,260

36

調和体

1,540

17

篆刻

630

7

合計

9,050

100

※背景が黄色の数値を後に使用する

この2025年のデータから、20年後の2045年の日展の応募点数を大胆予想して、 将来の書道人口を予想してみます。
 書の次に多いのは絵画部門です。 将来の書道人口は、現在の絵画部門人口と同程度になると考えるのも一理あるのではないでしょうか? しかし、書は、絵画(日本画+洋画)よりも身近な存在で、手軽に始められるという特性があるので、 それは考慮したいと思いました。

予想1
2045年の書(漢字+かな+調和体)は、2025年の絵画(日本画+洋画)の2倍になる。

 篆刻は、ちょっと異なる予想をします。 書部門の中で篆刻は書(漢字、かな、調和体)とは異なり、 手書文字とは異なる所に興味を持った人が始める場合があるからです。 したがって、デジタル化の影響は比較的少ないと考えます。 しかし、篆刻は、書(漢字、かな、調和体)を嗜む人から雅印の注文を受ける事で成り立っている部分もあるので影響は必至です。

予想2
2045年の書(篆刻)は、2025年の7割になる。

予想1と予想2から、
2045年の書=2045年の書(漢字+かな+調和体)+2045年の書(篆刻)
     =2025年の絵画(日本画+洋画)×2+2025年の書(篆刻)×0.7
     =(335+1375)×2+630×0.7
     =3861

2045年と2025年の比を出して見ると
2045年の書/2025年の書=3861/9059=0.43

2045年の書の応募点数は、2025年の約4割になるという事です。 この割合は書道人口にも当てはまると考えて下記の様に予想します。

2045年の書を習っている人は、2025年の約4割

ここまで減ると、日展にも影響を与えるでしょう。

◆ランドセルの思い出(蛇足)
 冒頭で、小学生の重そうなランドセルの話をしましたが、ランドセルにまつわる思い出話を致します。

 私は、2010年の春まで、NECグループの半導体製造会社の社員でした。自宅から徒歩で40分かけて通勤していました。いつも決まった時間に家を出て、それなりの速歩きで、ほぼ決まった時間に会社に到着していました。歩く速さは、結構正確なのだなあ、なんて思っていました。通勤途中で登校中のランドセルを背負った小学生を追い越して行きます。しかし、時折、ランドセルを揺らしながら、走って私を追い越して行く小学生もいました。こんな事は、特に気になる事でもありませんので、おぼろげな記憶でした。

 後になって、偶然にも、通勤途中の私を走って追い越して行った小学生が、私の妻の友達の娘さんだった事が分かってびっくりしました。そして、私を追い越して行った理由も分かりました。娘さんは、私を時計代わりにしていたのです。私を追い越して行けば遅刻しないというタイミングだったらしいです。私が知らない所で、私はペースメーカーになっていたのですね。

◆あとがき
 将来が明るいとは言えない書道界。書道人口が減ると、小さな書道塾は淘汰され、大きな書道団体も厳しい状況に追い込まれるでしょう。小さな書道塾を運営している私はどうすれば良いのでしょうか?自分自身の人間的な魅力向上、入門者の育成プログラム作成、学び易い環境の整備、宣伝に力を入れる等が必要でしょう。さらに、どんなにデジタル化が進んでも、自分自身が毎日コツコツ稽古して技量を向上させて行く事の大切さは変わらないと思います(何となく、毎日の徒歩通勤に似ているかも)。そして、そんな私の姿が誰かのペースメーカーになったとしたら、こんなうれしい事はありません。

 私の予想が外れて、将来の書道人口があまり減らない事を祈っております。

2026年7月記


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