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夫婦別姓を考える

 2021年6月、最高裁で、夫婦別姓を認めないという判決が出ました。 女性の社会進出が進むなかで、夫婦別姓が選択できるようになることは、年々重要性が増してきている気がしていたので、 そろそろ、認められるのでは?と思っていたのですが、判決は違いました。 同時に「この種の制度のあり方は国会で判断されるべきだ」とのコメントがありましたが、なんだかとても無責任に感じました。 この機会に、夫婦別姓に関して、あらためて考えてみました。


 篆刻と姓名とには、深い関係があります。なぜなら、書道で頻繁に使う雅印の一つに、姓名印があるからです。例えば、「山本良子」と刻ってあります。 この印は、姓が変わると作り直す必要があります。 精魂込めて作った印は一生使っていただきたいと思っていますので、 どんな理由であっても印が使えなくなってしまうのは、作者として大変残念に思います。
 姓が変わる可能性がある場合、姓を入れずに印を作ると言う方法もあるのです。実は、名だけを刻した名印も姓名印の代わりに使えます。 つまり、「良子」だけでも良いです。印面の構成上「良子之印」とすることもあります。 逆に、姓のみを刻した印の例はあまり多くありません。 姓のみですと日常生活で使う認印のような感じになり、書道のような文雅な世界では使わない方が良いようです。
 名印が姓名印の代わりになる事を知らずに姓名印を頼まれる人もいます。 そこで、未婚の若い女性から姓名印を頼まれた場合は、名印の事も説明してきました。

 今にして思えば、「未婚の若い女性」にのみ、この説明をしてきたのは、私の古い考えによるものでした。 深く反省し、今後は改めたいと思います。
 自分自身の結婚の時には、妻の姓を私の姓に変えさせました。妻も拒絶しませんでしたし・・・。 結婚したら夫の姓を選択する夫婦が大半(2015年の統計で96%)である事にも、私にそうさせた一因があると思います。

 夫婦別姓に反対する意見の中に「結婚に際し同じ姓となり、新たな家庭を築くという喜びを持つ夫婦の方が圧倒的多数である」 と言うものを見かけました。喜びを持つ夫婦がいる事は認めます。しかし、名前が変わる不便・不利益を感じる夫婦もいるのです。 「圧倒的多数である」と言う言葉にどれだけの信頼性があるのかも疑問です。 考え方が異なる人に、自分の「喜び」を押し付けないで欲しいものです。その押し付けが法律レベルによるものなので、問題が大きいです。

 私は、最近引っ越しをしました。その際の住所変更手続き(住民票、免許証、銀行、保険、クレジットカード等々)はとても面倒なものでした。 名前の変更となると、引っ越し以上に面倒な手続きになると思われます。職場、知人への連絡も煩雑なものがあるでしょう。 結婚して姓が変わる時は、おめでたいので、まだ気分的には楽でしょう。 離婚の時は、お祝い気分では無い分、手続きがより面倒に感じるのではないでしょうか。
 子供も、親の離婚、再婚のたびに改姓の問題に振り回されるのは負担が大きいと思います。 誰であっても名前を変えるのは負担があると思うのです。

 そこで出てくるのが選択的夫婦別姓です。同姓、別姓、好みの方を選べばいいのです。夫婦別姓を押し付けているわけではありません。 結婚後も旧姓を通称としてつかうという方法や、事実婚という方法も考えられますが、どちらも不十分すぎて話にならない方法だと思います。

 家族はなぜ同じ姓でなければならないのでしょうか? 夫婦別姓反対の理由として「夫婦別姓では家族の一体感が失われる」という事を良く聞きます。本当にそうでしょうか? 家族の一体感は、長い年月をかけて、楽しい時間を共有し、時には苦難を乗り越えて、築き上げて行くものだと思います。 同姓であれば、一体感を感じやすくなるという単純なものではないと思います。 現行の夫婦同姓の制度下で、一体感とは縁がないような離婚、家庭内暴力等が起こっていますよね。



 世界的に見ると、人の名前は「姓+名」または「名+姓」で成り立っているとは限らなくて、 姓と名の区別がない「ひとつの名前」と言う国や地域もあるらしいです。 日本も「ひとつの名前」にしたらいいのではないでしょうか? 今から変えることも可能ではないでしょうか? 例えば、山本(姓)良子(名)さんは、それ自体を姓、名の区別がない一つの山本良子(名前)にしてしまうのです。 山本良子さんが、田中太郎さんと結婚する際には、次のような選択肢から選べば良いと思うのです。
 1)山本良子 田中太郎  (二人とも改名しない)
 2)山本良子 山本太郎  (夫が妻の名前の前半に改名)
 3)田中良子 田中太郎  (妻が夫の名前の前半に改名)
 4)山田太郎 山田良子  (二人とも名前の前半を改名)
姓をなくしてしまうという突飛な提案ですが、なくしてしまっても、このようにすれば、今までの姓名に慣れ親しんだ人にも受け入れられ易いと思います。 しかし、いずれは、従来の姓名とは全く違った名前も出てくるでしょう。姓がなくなるわけですから、例えば、「光」とか言う一文字だけの名前もありえます。 それはそれで良いと私は思います。夫婦も子供も、皆一人の独立した人間です。家族を一括りにする姓は不要と思います。 一家である事は、戸籍が証明してくれます。「家族が同じ姓ではない」と言う事も、慣れると何でもなくなると思います。 実際、結婚で姓が変わったからといって親子の関係が薄くなるという事はないですよね?

 ちょっと別の切り口から考えてみましょう。結婚、離婚時に改名をする際の社会的費用の事です。 2020年の統計で婚姻52万件、離婚19万件です。 改名手続きに、改名者本人が、変更届の記入、本人確認書類の準備等20分の時間を要するとします。 一方、届を受ける側の機関(役所、銀行、クレジットカード会社等)が、それぞれ処理するのに10分の時間を要するとします。 つまり、一つの機関で改名手続きをするのに、改名者側、機関側、合わせて30分の時間を要する事になります。 そして、10の機関で改名手続きをすると仮定すると、
 30(分)×10(機関)=300分=5時間
つまり、一人の名前の変更のために、5時間もの事務手続きが必要なのです。 時給を900円と仮定すると、
 900円/時間×5時間×(520,000+190,000)件=3,195,000,000円
なんと!改名だけのために毎年約32億円もの社会的費用がかかっているのです。 最近、私が引っ越しをして、住所変更の手続きをしたと言いましたが、その手続きには、役所等に直接出向く必要があったり、 必要書類を取り寄せる手続きが必要とか、書類が不備でやり直しとかもありました。 手続きをしなければならない機関も30近くありましたので、この見積以上の時間が掛かったと思います。
 改名手続きのため、自分自身と関係機関の手間と時間をかけて、生み出されるものは何でしょうか? 結婚に際し同じ姓となり、新たな家庭を築くという喜びを持つ夫婦は、それで良いかもしれません。 しかし、改姓により、仕事上の不利益があったり、アイデンティティの喪失を感じる人達にとって、 改名手続きは苦痛であるばかりでなく、苦労の始まりなのです。

 世界的に見ると、夫婦同姓を法律で義務付けているのは、日本だけだそうです。 良い制度なら、「日本だけ」は、自慢できますが、いろいろ問題を抱えた制度の存続はいかがなものでしょう。 個人の人格の重要な一部である名前を、強制的に変えさせる制度は改めるべきと思います。

2021年9月 記

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