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旅に病んで

■プロローグ■
 旅に疲れた後、夕食のビールの心地良い酔いとともに、朝までぐっすり眠っているはず でした。ところが、強烈な腹痛で深夜に目が覚めました。 しかも、ここは慣れぬ場所、上海のホテルの一室。一体何なのか?トイレに駆け込みま した。ひどい下痢でした。とりあえず、自宅から持参して来た正露丸を飲んで床につきました。 暫く小康を保ったと思っていたら、再び催してきてトイレへ・・・。今は、深夜。

■大都会、上海■
 1998年度の全日本篆刻連盟の海外展は、上海博物館にて行われました。上海動物園 に行った時から2年前の話ですが、滅多にない体験でしたので、敢えて昔の話を致します。 この時は、上海はもとより初めての訪中で、家族と同行ではありませんでした。

 上海地区は篆刻と縁の深い地区です。 近代篆刻の名手と言われる呉昌碩、趙之謙、呉譲之、徐三庚他、この付近(上海の南の浙江省や北の 江蘇省)で活躍した印人は大変多いです。また、印ばかりでなく、文墨のメッカ である西冷印社(冷は正しくはサンズイ。この字もUnicodeに無い文字で表示できません)が 上海から程近い杭州に有ります。上海博物館の印のコレクションも印の愛好家にとっては 垂涎の的です。

 上海には華虹NECがあり、ここも私の勤務先であるNEC九州と同じくLSIを生産し ています。華虹NECの方がNEC九州に実習に来られていた関係で、華虹NECの方と 知り合いになることが出来ました。今回の訪中の計画もその時話していまして、上海 に行った時の案内をお願いしていました。

 華虹NECのお二人(李さん、朱さん)が、春光さんと私を案内してくれて、上海博物館、 上海天覧中心、東方明珠塔等をまわりました。上海は大きな町だろうと言う漠然としたイメージは 有りましたが、特に、東方明珠塔に登って見た時の印象は忘れる事は出来ないでしょう。 見渡す限り続くビルの林、林、林・・・。東京は確かに大きいですが、高層ビルのある場所は ある程度限られているように感じていました。ところが、ここ上海は、西新宿の高層ビル街 の様な密度はないにしても、見渡す限りのビル群です。ビル群の先は、霞んで見えていませ んでした。

 道を歩けば、車の多さに飽きれました。右からも左からも車の列が途切れる事がありませ んので、一気に渡ってしまおうとすると、いつまで待っても横断する事が出来ません。 上海流の横断の仕方・・・片側2車線の道路を横断する時には、1車線づつ渡っては次の 車線の車が途切れるのを待つ・・・を実践して来ました。

 なぜか、ここで、井上陽水の「なぜか上海」(しゃれではありませんが)のサビの部分が リフレインして来て、上海のエネルギーが頭の中に刻み込まれてしまった様な気がしました。  東方明珠塔を後にするころ、私は疲れがどっと出て来てしまいました。案内してくれた中国人 のお二人に夕食を御馳走しないといけないと思っていましたが、とにかく疲れ果てて、 どうにもならない気がしてホテルで休みたくてたまらなくなってしまいました。疲れてしま った事を同行の方々に伝えると、中国人の方の提案で、外灘の前を流れる黄浦江の遊覧船 に乗りました。遊覧船ですので乗っていて楽でした。おまけに、心地よい風に吹かれながら の外灘の建造物や優美な黄浦江の橋を見ていると疲れが吹き飛んでいくようでした。

遊覧船上にて。くたびれ果ててい ましたが、租界時代の大好きなビルを背景に写真を撮ってもらって、ごきげんな私。

 夕食にはまだ少し早いような時間でしたが、くたびれ果てた私のために早めの夕食を4人 で取る事にしました。一番楽に食事が出来る所と言うことで、私たちが宿泊しているホテル のレストランに行きました。さてホテルの中にも色々レストランがあります。何料理にする か?中華料理も飽きているし、イタリア料理では、ビールがいまいちの様な気がするし、 そう、和食だったら、ビールもいけるし(結局ビールでレストランを選んでしまった)和食 にしましょう、と言うことで日本料理のレストランに入りました。

 メニューは店の名前が付いた××弁当と言うのにしました。 上海には中国西部から多くの労働者が来ている話、上海では企業に就職する事が人気がある話等、 中国、また日本の話で楽しい時間でした。 私は、上海の大きさにびっくりした話をしました。「アメリカの都市に例えると、北京がワシ ントンで、上海はニューヨークでしょうかね?」と言う私の問いに、中国人の2人は頷いてく れました。申し遅れましたが、中国人のお二人は、日本語が上手です。

 今度は、中国語の話になって、「私も少しは勉強しましたが、とても会話など出来ません。 でも、旅行だったら、タクシーに乗って行き先を言えば良いんですよね。明日は、 タクシーに乗って豫園(ヨエン)と言えば良いんですよね」と話すと「そうしたら、荒牧さんは、 YUYUAN(豫園)ではなく、YIYUAN(病院)に連れて行かれますよ」と笑われてしまいました。 中国語の発音はとても難しいです。(翌日、本当にお医者さんのお世話になるとは!)

■そして、悪夢は始まった■
 ビールの酔いも回って、お腹も一杯になって、別れを惜しみつつその場をお開きにしまし た。とても疲れていましたが、後は部屋に帰って休むだけです。とにかく直ぐに床に就きま した。・・・そして、深夜の腹痛に目が覚めました。

 地獄とは、こう言う事を申すのでしょうか・・・、本当にそう思いました。止め処もなく 繰り返されるキリキリと締め付けられるな腹痛、そのうち襲ってきた、 これまた強烈な悪寒。しかも、ここは異郷の地、中国。篆刻連盟の方と同室でした。もちろん まだ休んでいらっしゃいました。その間どれくらいの時間があったかどうか、今では覚 えていませんが、とにかく、朝まで待ちました。朝になったら、添乗員さんにお話して・・・ 等と考えていました。

 夜が明けて、同室の方や、同行の方に私の状況を話しました。でも、 添乗員さんは、今日はいらっしゃらないという事でした。しばらく途方に暮れておりましたが、 とにかくホテルのフロントだったら英語が通じますのでフロントへ電話して、病気の事を 伝えました。なんと、ホテルの中にお医者さんが居るとの事。地獄に仏とはこの事か! と思いました。また、部屋への往診は、往診料が必要だがどうするか?との事(地獄の沙汰も 金次第)。それを聞いて診察室へ行きますと答えた私も現金なものです。

 そうだ、旅行保険に入っていたんだ。証書と一緒にもらった小冊子をもって、フロントへ。 フロントからは、ボーイさんが業務用の様な通路を通って診察室を案内してくれました。

 お医者さんは英語が出来るだろうな、との期待通り英語が使えました。病状を話しましたが、 下痢を何と言ったら良いか分からずに居ると、お医者さんがジェスチャーで助けてくれました (どんなジェスチャーかは秘密です)。昨日、raw fish(生魚)を食べたか、と聞かれました。 そう言えば、 昨日の和食の弁当には、刺身がありました。ホテルのレストランと言う事で油断して刺身を 食べてしまったのが良くなかったのでしょうか。でも、一緒に食事した方は何とも無いのに。 私の疲れも原因の一つだったのでしょうか。アンプルの様な飲み薬と、カプセルの飲み薬をも らい、さっそく薬を飲みました。清算時に、「旅行保険に入っているのですが、どうしたら よいのでしょうか?」と聞いた所、「帰国してから、レシートを保険会社に見せるように」 と言う事でした。

 部屋に帰ってベッドに 休みました。そうだ、今日は、もう1人の華虹NECの方である盛さんと会う約束をしていたんだ、 このままでは、会う事が出来ない。腹痛は相変わらず続いていました。今なら、まだ電話すれ ば間に合うかもしれない。そう思って、大変不安でしたが中国人の家へ電話しました。「盛さんは、 居ますか?」片言の中国語が通じたようです。連絡が取れました。「再会をとても楽しみにし ていましたが、今はとても会えるような状態ではありません」とその日の約束をキャンセルさ せてもらいました。

 さて、とにかく再び横になりました。まだまだ、悪寒と時折襲 ってくる激しい腹痛に悩まされ続けました。今日一日はフリータイムなので、寝ていても良い のですが、明日は帰りの飛行機に乗らなければいけません。日本に帰れるのだろうか?そんな 事も考えました。

■旅行保険■
 あれこれ考えているうちに、旅行保険の事も気にかかりました。旅行保険の小冊子を パラパラめくって行くと、「病院にかかる前に保険会社に連絡する事」と言う事が書いて有り ました。おや、領収書は受け取ってきたが、診断書も必要と書いてあるぞ?う〜んしまった! そんな余裕も無く医者に掛かってしまったが、旅行保険は無駄になってしまったのか? 今だったら診断書は書いてもらえるだろうけど、また診療室まで行かないといけないのか? いや、とにかく電話してみよう。フリーダイアルも掲載されているし、日本語で応答してく れるし・・・。それで、どこに電話すればよいのかと見て行くと、なんとシンガポール!

 フリーダイアルなら、どこでも同じか、と思いながらダイアルすると、どうしても電話 が繋がりません。日本には、この方法で掛かったのになぜ?また、パニック状態になってし まいました。フリーダイアルだからかな?コレクトコールもOKと書いてあるぞ。そうだ、 これだ、でも そうなると交換を通さなければいけないが、中国語の交換手が出てくるとお手上げです。でも、 とにかくやって見よう。それが出来なかったら、電話代はかかるだろうけど直接電話する しかないな、と思いつつ、フロントに電話して、シンガポールまでコレクトコールしたい 由を告げると、交換の電話番号を教えてくれました。交換手に英語が通じますようにと願い つつ電話しました。英語が通じたので一安心。でも、ちゃんと通じるかどうか不安は残りま した。保険会社の人の日本語が電話から聞こえて来た時のうれしかった事、うれしかった事。

 いっぱしに英語の電話が通じて、一仕事終えたような充実感と安堵感はあったものの、腹痛 と悪寒が収まった訳ではありませんでした。しばらくは、そのまま、ひたすら横たわってい ました。

 しばらくすると、ドアのノックの音が・・・、メイドさんなら先ほど来たばっかりなの に一体誰だろう?この苦しいときに!ドアの覗き穴から見ると、若い西洋人の女性が立っ ていました。変だと 思いましたが、ドアを開けることに危険は感じられませんでしたので、開けると、びっく りしたのは、相手の女性で、"Oh!I'm sorry!"。部屋を間違えてノックした様です。 こんな事で喜んではいけませんが、面白かったのは、女性のアクションで、文章では、 とても伝えられませんが、映画に出て来るようなアクションでした。私は"No problem." と言いましたが、苦痛にゆがんだ顔で"No problem."と言われても説得力がなかったか もしれません。

 夕刻も近づいてきた頃になると、少し楽になって来た気がしました。それまで何も喉 を通りませんでしたが、ジュースでも少し飲んでみたい気になって来ました。ホテルの 売店にでも行ってみようかという程度の元気は出てきました。実際喉を通ったのは、 一口だけでした。でも、口の中は少し潤いました。

■3ヶ国語留守番電話■
 少し楽に成って来て考えるのは、今は、せっかく上海に来ているのに、こうして一日が 終わってしまうのがとても残念な事でした。待てよ、今、盛さんに電話すれば、会えるだ けは会えるかも知れない。そこで、今度は、盛さんの家に電話してみました。呼び出し音 が鳴って、人の声がしましたが、機械の声(もちろん中国語。全く分かりません)でした。 留守か、残念。寝ていると他に考える事も有りませんので、盛さんに連絡をとる方法ば かり考えていました。まてよ、今のはひょっとすると・・・、もう一度電話をしました。 そして、もう一度機械の声が。もう少し待つと、「ピィー」と言う音が・・・。来た!、 やっぱり留守番電話だ!用意していたトラベル中国語の本を片手に、3ヶ国語留守番電話 をしました。盛さんは、日本語と英語を理解してくれますが、電話で、しかも留守番電話 ではどれだけ通じたか確認のしようがありません。一方、私の中国語の発音は、全く 自身がありませんでしたが、この際です。日本語、英語、中国語の3ヶ国語で、ホテルの 電話番号を言って電話を切りました。

 それから、ずいぶん時間が経って、もう夜も遅い時間になってしまいました。もうこん な時間では、会う事も出来ないなと、ほとんど諦めていて頃、盛さんから電話がかかって 来ました。結局、時間が時間でしたので、もう会うことは出来ませんでした。でも、電話 で話すことが出来、私の3ヶ国語留守番電話もちゃんと通じたようでしたのでとてもうれ しく思いました。

■帰国■
 次の日、朝食にはおかゆを少し食べる事が出来、飛行機に乗る事が出来ました。機内食 は、ほとんど食べる事が出来ましたが、魚肉にだけは箸を付ける事が出来ませんでした。

 帰宅してから病院に行こうと思っていましたけれど、結局、行かずに済みました。海外での 病気体験は、大変でしたが、無事に帰宅できたし、大した事なくてよかったと思いました。 ちなみに、この時使った医療費は、旅行保険料より安かったです。

 この病名を知ったのは、これから約一年後の事でした。なぜ知ったのか?実は国内の旅先 で全く同じ目にあってしまったからです。その名は腸炎ビブリオ。この菌は陸地に近い海 に分布し、海水と等しい3%の濃度の食塩水と30度前後の気温があると、 数時間のうちに中毒量に達するほどビブリオ菌が繁殖するそうです。魚を水揚げした後 の保管状況が悪ければ、この条件にぴったりです。この時は、父母と甥も一緒でして、 5人が苦しみました。幸い、小学生の息子2人は何ともありませんでした。なぜなら、 さしみが嫌いで食べていなかったからです。

■エピローグ■
 海外旅行の時、旅行保険に入られる方が多いと思いますが、旅行前はガイドブック を読むのに忙しくて、保険のしおりにまでなかなか目を通されないのではないでしょうか。 保険のしおりは御守りのようにスーツケースの底に仕舞っていただけなのが私でした。 いざと言う時はしおりに目を通すゆとりもありません。そんな時にはどうすれば よいか位は、頭に入れておいた方がよいと思いました。

 海外で病気になったら、「病院に行く前に保険会社に電話」するのが間違いない方法のようです。 医師の診断書が必要と書いてある場合もあります。ただ、治療費が高額で無い場合(十万円以内) は、事前に電話する必要もないし、治療費の領収書があれば診断書は必要ないようです。 ただし、保険会社によって方法が違うかもしれません。いずれにしても「病院に行く前に 保険会社に電話」をすれば、ただでさえ不安な海外での病院でも、少しは安心して治療 が受けられると思います。

 もう一つ、今回感じたのは語学力の事です。さぞかし私の英語が達者と思われた方も いらっしゃるかもしれませんが、たどたどしい事この上ありません。しかし、今回、度胸 だけは付いたようです。聞きかじりの中国語が役に立つようになるまで上達するには 大変な努力を必要とするでしょう。それより、少しでも役に立った英語の方をもっと磨く べきだと思いました。国際都市上海だからそう思ったのかもしれませんけど。


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