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スペイン物語

 次はスペイン旅行なんて良いかな?などと思いながら、世界各地の美を紹介するシリーズ本の中の一冊「スペイン物語」 を買ったのは、今(2011年)から約20年前で、海外旅行の楽しさに目覚めた頃でした。 本の中には、プラド美術館の名品やアントニオ・ガウディの建築物等が紹介されています。 書・篆刻を深く理解するには、単に それらの勉強をするだけでなく、広く西洋の芸術にも目を向ける必要があると考えていた(我田引水の)私は、この本を見ながら 本物の美を目の前にする事を夢見ておりました。 しかし、スペイン旅行が実現する前に長男が生まれ、この本はお蔵入りしてしまったのです。
 そして今、約20年前に購入した本を再び開き、スペイン物語の再開を予感したのです。

 今回の旅行は、1月末に旅行代理店に申し込んだのですが、その後ひやひやする出来事が起こりました。

【1】2011年2月15日。リビアで反政府デモが勃発しました。チュニジア、エジプトでの反政府デモが沈静化していたので ヨーロッパ方面の政情不安はないと思っていた時の出来事でした。リビアとスペインは1万kmは離れています。直接の 影響はないだろうと思っていたら、英仏米の空爆まで始まってしまいました。外務省の海外安全ホームページをひやひや しながら見ていました。

【2】2011年2月22日。ニュージーランドで大地震が発生し、クライストチャーチ周辺が被害を受け、日本人留学生も入っていた CTVビルや、クライストチャーチ大聖堂の塔が崩壊する等しました。(スペイン旅行 とは関係なさそうですが、今回の旅行の行き先を、ニュージーランドとスペインで悩んだと言う経緯があっただけに 関係ないとは思えませんでした)

【3】2011年3月11日。さらに恐ろしい事が起こりました。東北地方太平洋沖地震です。連日のテレビ放送を見ていて その深刻さを知る事になりました。スペイン旅行の出発日予定は4月2日でした。念のため旅行代理店に問い合わせて見ると催行される と言う事でした。今からキャンセルするとなると、キャンセル料を取られてしまいます。経済復興のためには、自粛ばかりしていては いけない。消費活動こそが経済復興に繋がるのだ・・・と(我田引水的に)納得して予定通り旅行に参加するつもりでいました。旅行出発の3日前 になって、旅行代理店から電話があって、福島原発事故のために飛行機のスケジュールが変更になるとの事。 内容は、「出発時間が1時間半程早まり、関西空港を経由する事になった。スペインでのスケジュール変更はない。今キャンセルしても キャンセル料不要」との事。原発事故のために何故飛行機の出発時間が変更されるのかと言うと、 成田空港での飛行機の滞在時間を短縮するため、また、燃料補給を関西空港で行うためと言う事らしい。さらには機内食手配や、搭乗員の 都合があったようだ。それだけ海外の航空会社が原発事故の影響を気にしているらしいのだ。いまさらキャンセルする 気持にはなれなくて旅行に参加しました。

 成田空港は節電の為に照明を少なくしており薄暗い。飛行機の運航等、実質的には影響の無い事なのですが、 気分的に暗くなってしまいそうです。でも、これ位の節電は、非常時でなくても行うべき事なのかもしれません。 このツアーは、10人程のキャンセルが出たそうで、結局、25人の参加者でした。 参加者の事はツアー中に少しずつ分かってきた事なのですが、男性5名、女性20名。 私も含めて、男性はすべて夫婦(新婚さんが一組)での参加で、他の女性は、 母娘、姉妹での参加が多かった様です。女性の方が遙かに活動的ですね。
 飛行機には、かなり空席があり、なんと4人掛シートに1人で横になる事ができました。「この席はエコノミーファーストクラス だよな〜」と思いながら横になっていましたが、なかなか眠れませんでした。アムステルダムのスキポール空港で飛行機を乗換え。 乗換後の飛行機の中は、人々の話(スペイン語?)で、とても騒々しく感じました。スペインのバルセロナ 空港に到着後ホテルに直行。到着したのは夜の12時頃でした。


4月3日
 バルセロナ市内観光。バトリョ邸、ミラ邸はバスの車窓から眺めるだけ。
コロンブスの塔 と
バルセロナ税関の建物
バトリョ邸
ミラ邸

 今回初めてイヤホンガイドでのツアーを経験しました。なるほど説明が良く聞こえて良いのですが、 グエル公園では、ガイドさんから連れ回されて写真を撮ったら終わりと言う感じでした。 歩きながら説明があり、止まって集合してからの説明が少ないので余計に気ぜわしく感じたのかもしれません。 次の観光予定もあるツアーなのだから文句は言えませんでしたが、もう少しゆっくり見物したかった。


 聖家族教会(サグラダ・ファミリア)。ここはスペインで、いや、世界中で最も訪れたい場所の一つでした。
 期待に違わず、すばらしい所でした。先ず見たのが、 東側の「生誕のファサード(建物の装飾的な正面)」。 「植物的な」と言う形容でよく語られていますが、私には、言葉は悪いですが「泥的な」感じに思えました。決して 汚いイメージをもったわけではく、世の中の根深い様を表現しているように思えました。ここを見ただけでも、 はるばるスペインまでやって来た甲斐があったというものです。 教会内部もまた素晴らしい。そして、とても広くて大きい!柱は木の幹のようです。

生誕のファサード(部分)
天蓋
(中央の光っている部分)
天井

西側の「受難のファサード」は、近代的な感じであまり好きになれませんでした。
 西側の塔にエレベータで登れました。人が多くて待ち時間が長いと登れなくなるかもしれないと聞いていた ので、心配でしたが、登れる事になりうれしかったです。 塔の上は大変狭くて、10人も居たら満員状態になるくらいでした。おまけに視界も狭く、人の多さに追い立てられるよう にして下って来ました。高い所に登ったと言う満足感はありましたが、観光地の展望台としては 失格ですね。この教会はあくまでガウディの造形を堪能する所で、展望を楽しむ所ではないのかもしれません。 いやいや、教会が完成すると、もっと高い尖塔ができますから、すばらしい展望が楽しめるようになるかもしれません。 (神聖な教会に観光地的な楽しみを期待する方が間違っていると言うご指摘を受けそうです)
受難のファサード
塔の上からの展望
教会の完成予想図

 2010年11月にローマ教皇がこの地を訪れミサを行ったそうです。それに間に合わせるように、教会の内部を綺麗にしたそうです。 ガイドさんの話によると、スペインの工事はとても遅いそうです。でもローマ教皇が来るとなると工事は早かったそうです。 (やれば出来る!)

 ミロ美術館。
入口の彫刻(左写真)が気に入りました。 ツアーのスケジュールに、「ミロ美術館またはピカソ美術館のいずれかに入場。指定は不可」となっていて、 今回はミロ美術館でした。本音はピカソ美術館に行きたかったのですが、予約の都合らしかった。
 今まで、私はミロの画を見て、極彩色と黒線で表現されたデフォルメされた形が特徴と思っていました。 今回、その印象自体が変わったわけではありませんが、ガイドさんの説明により、その黒線が 晩年になると太くなっていくという事を知りました。 自分自身の技量を向上させつつ、作風も年齢と共に変化して行くというのはあこがれでもあります。
 この後、バスで約5時間(368km)移動し、バレンシアにて一泊。ホテルの前には目玉のような変な建物が・・・(下写真)。
ソフィア王妃芸術宮殿
(オペラハウス)
ミックスパエリアと
イカスミのパエリア


4月4日
 バレンシアでは、珍しい近代的な建て物が沢山。再びバスで約6時間(511km)の大移動でした。 しかし、途中休憩での売店や、なかなか乗り心地の良いバスとすばらしい車窓風景のおかげで退屈する事は ありませんでした。途中休憩の売店で現金を使いすぎて小銭しかなくなってしまい、ペットボトルの飲料水を買うのにも カードを使う始末。現金の使いすぎはいけませんね。
IMAXシアター(手前)と
フェリペ王子科学博物館
乗り心地の良いバス
冠雪したネバダ山脈

 グラナダのアルハンブラ宮殿。
 アルハンブラ宮殿と聞くと「アルハンブラ宮殿の思い出」と言う名曲を思い浮かべる方も多いと 思います。ここに来たら、この曲が流れている・・・と思っていたら、そうではありませんでした。 (そういえば、バルセロナのグエル公園でストリートミュージシャンが弾いていました)
 アルハンブラ宮殿はイスラムの人々によって造られました。砂漠の民である彼らにとって水は極めて貴重であり、 その水が溢れる宮殿は、まさに理想の楽園であったそうです。なるほどあちこちに池や噴水があります。 さらには建築物は美しく細かい装飾で飾られています。 最初にヘネラリーフェ庭園(夏の離宮)の散策。とても手入れの行き届いた綺麗な所でした。
ヘネラリーフェ庭園
アセキアの中庭
(ヘネラリーフェ庭園)
アルハンブラ宮殿への道

 アルハンブラ宮殿の優美な建物と繊細な装飾を見ていると時間を忘れそうでした。中でも有名なライオンの噴水は、 残念ながら修復工事中でした (と言っても工事用シートが張られているだけで作業者は皆無)。 12頭のライオンは別室に 展示されていて、ここだけが何故か撮影禁止でした。聖家族教会をローマ教皇が訪れたように、ここにもVIPが訪れて くれると、工事があっと言う間に終わるに違いありません。
アラヤネス(※)の中庭
(※両脇の低木植物の名)
壁の装飾
ライオンの噴水
(工事中で残念)

リンダラハの中庭
窓ガラスの動物型影絵
貴婦人の塔

 ホテルに着いて両替してもらおうとしたら、不可でした。夕食時の飲み物代をカードで払えるかフロントに聞いたら 全く問題ないとの事(食事代はツアーに含まれている)。安心して夕食に向かうと、ウェイターから、カード支払いは 20ユーロ以上からと言われてガッカリ(飲み物代は二人分で6ユーロ程度)。フロントと言う事が違うよ! それほど執着はなかったのでこの場は飲み物をがまんしました。

4月5日
 翌朝、白い村と言う事で知られるミハスを訪れる。ここでは連れ回し観光はなく、自由散策でした。 日本製デジカメのCM撮影があったと言うサン・セバスティアン通り(左写真)を見てから銀行に行き両替。 現金が足りない不便さも旅行の経験と思えば何という事もありません(負け惜しみ)。 そもそも買い物をあまりしない私が両替して、買い物大好きな 家内が使うのが問題なのです。エジプトでも現金が足りずに問題を起こしたのに懲りない旅行者でありました。
 ミハスは、どこを見ても絵になる町です。ミハスはスペイン南部の 高台にあるので、見晴らしが良ければ、アフリカ大陸が見えるそうです。でも、今日は霞んでいて見えませんでした。 スペイン南部には、ショーンコネリー等の有名人の別荘が沢山あるそうです。
サン・セバスティアン教会
お店
レストラン

闘牛場
ベランダの花
展望台から

 それから、約3時間半(230km)かけてセビリアへ。

 スペイン広場は、1929年に開かれたイベロ・アメリカ(スペイン、ポルトガルを旧宗主国 とする中南米国地域) 博覧会の会場として作られたもの。半円の広場を囲むように作られた建物は、スケールが大きく、なおかつ繊細な装飾も施されている。 スペイン各県の歴史的場面を タイルで描いたベンチが面白い(左写真)。また、ここは、スターウォーズエピソード2で、アナキン・スカイウォーカー(ヘイデン・クリステンセン)と パドメ・アミダラ(ナタリー・ポートマン)が惑星ナブーについた直後の シーンのロケ地として使われました。なるほど地球離れしてる建物かもしれません。
建物の中心部
陶器の装飾が美しい橋
ナタリー・ポートマン
(が歩いた回廊)

 セビリア大寺院には、コロンブスの墓がある。コロンブスの墓はドミニカ共和国サントドミンゴにもあるそうですが、 遺骨のDNA鑑定(コロンブスの末裔との照合)により、ここの墓が本物である事が証明された、と現地ガイドさん は、鼻息を荒げて説明していました。
 またまた高い所に登れるチャンスがやってきました。ここには、ヒラルダ(風見鶏)の塔があります。 馬に乗って上がれるように、階段ではなくてスロープで登るように作られたとか。確かにスロープですが、 さほど広い幅ではなくて狭い塔の四隅で直角に曲がっているスロープを馬で登れるのでしょうか? この後、市庁舎横のヌエバ広場付近で自由時間。周辺にはショッピング街がありました。
主祭壇(豪華絢爛!)
コロンブスの墓
(4人の王が棺を担ぐ)
ヒラルダの塔から
大寺院の屋根を見る

ヒラルダの塔
先端部
パイプオルガン
ステンドグラス
銀の祭壇
(豪華絢爛!)

 フラメンコディナーショー。
ダンサーが一生懸命踊っている姿は、感動的。熱気がこちらまで届いて来ました。 スペインと言うと、かつては繁栄していたが、その後 イギリス、フランスに押されてパッとしない国と言う印象が(スペインには申し訳ないが)正直言って今まで私にありました。 でも、これまで見て来た建築物やフラメンコの様な芸術を思い返すと、スペインは紛れもなく一流の国なのだと思うように なりました。
 本日は、ここセビリアにて一泊。ホテル着後直ぐにお風呂にお湯を入れようとしました。ところが、シャワーと蛇口の切り替え が上手くいかず、レバーをガチャガチャ動かしているうちに、切り替えレバーがポロリと外れてしまったではありませんか! (決して私の取扱方が悪かったのではないです・・・と思います)  フロントに連絡すると、ホテルの係の人が直ぐに来てくれました。結局修理出来ず、部屋を変えてくれました。この時、 幸い、スーツケースをまだ開けていなかったので、比較的すんなりと部屋を変わる事ができました。もし、スーツケースを 開けていたら、部屋の引っ越しも結構手間だったでしょう。
4月6日
 ホテルの前に、アルハンブラ宮殿のライオンの噴水が出張して来ていました(もちろん複製)。・・・・君達はこんな所に居てはいけないよ! アルハンブラ宮殿で、世界中の人が待っているよ。早く帰りなさい!・・・・

 バスで約2時間(139km)の移動の後コルドバ着。ローマ橋の向うにメスキータ(スペイン語でモスクの意味) が見える。なかなか絵になる風景である(左写真)。メスキータはイスラム教の寺院として建設され、その後権力を握った カトリック教徒により改造された。メスキータの中は、赤白模様のアーチが特徴的な「円柱の森」が天井を支えています。 この「円柱の森」の写真は、私の高校時代の世界史の教科書にも載っていました。コルドバは、後ウマイヤ朝(756年)の 首都として栄え、東方のバクダッドと並ぶイスラム文化の中心地として繁栄したそうだ。
オレンジの中庭と尖塔
円柱の森
(赤白模様アーチが独特)
礼拝堂
(キリスト教式)

迷路のようなユダヤ人街の中に「花の小道」がある。観光客であふれていました。
花の小道
ユダヤ人街の店
イカの墨煮
(おいしかった)

 バスは、ドン・キホーテと風車のラ・マンチャ地方に向かってひた走る(約3時間30分。280km)。 プエルトラピセのラ・ベンタ・デ・ドン・キホーテと言う店にてトイレ休憩。この店は、 ドン・キホーテの作者セルバンテスが 泊まった旅籠だったらしい。お店だけでなく町の中にはドンキホーテにちなんだ物が沢山。 店員はのんびりしていて商売っ気が全くない。この町からも丘の上に3基の風車が見えていて、 この風車を見に行くのかな?と思っていたら、出発したバスはどんどん離れて行きました。
店にあるドン・キホーテ像
ドンキホーテの渦巻き猫
店の壁

 バスでもうしばらく走ると、小高い丘が見えて来て、それがこれから見に行く風車がある場所らしい。 丘の上には11基の風車が見えて来ました。 丘の手前の土地は、ラ・マンチャ地方に多い赤土です。
 ブドウ畑は、ラ・マンチャ地方に入ってから見かけるようになりましたが、オリーブ畑は、バスでの移動中、延々と 見て来ました。他に植える物はないのだろうかと思える程にオリーブばかり植わってました。 スペインのオリーブ生産量は世界一で、オリーブオイルで有名なイタリアよりも多いとの事。 オリーブオイルのビンに「イタリア産」とあっても、それは「イタリアでビン詰した」と言う意味であって、 オリーブの実やオイルをイタリアが輸入して、イタリアでビン詰しているケースもあるらしいです。
 麓のコンスエグラの町の迷路のような細い道をバスは器用にすりぬけると、丘が目の前で、 程なく丘の上にバスは到着しました。 風が強くて、風車は役に立ちそうなのですが、これらの風車は今は全く使われていないとの事でした。
 バスは、マドリードに到着。田園風景のラ・マンチャから、バスで1時間30分(127km) で近代的なマドリードに着く過程はタイムスリップのようでした。 マドリードに到着後、夕食は中華料理。東洋の味にホッとした。マドリード泊。
4月7日
 プラド美術館。
本ページの冒頭に述べた「スペイン物語」と言う本にも、プラド美術館の作品が多く掲載されていました。 ベラスケスの「ラス・メニーナス」、ムリーリョの「無原罪の御宿り」、 ゴヤの「裸のマハ」・「カルロス4世の家族」・「5月3日」・「息子を食らうサトゥルヌス」、 デューラー「アダムとイブ」、 ブリューゲル「死の勝利」等々・・・。綺羅星のごとく並ぶ名画の数々を見る事ができて満足しました。 この美術館、昔はフラッシュ禁止で写真可だったらしいのですが、今は写真禁止。フラッシュを使って 写真を撮る不心得者が大勢いたのでしょう。
 自由時間には、もっと絵を見たい気もしましたが、一応見たいものは見ましたので、美術館隣の王立植物園に行こうとしました。 ところが、植物園の前にはチケットを買う人の行列が出来ていて、入場するだけで時間が掛かりそうな感じでした。 時間はあまり残っていなかったので、柵の外から中をのぞいた後、美術館の周りを歩いて、集合場所へ向かいました。
ゴヤ像
王立植物園
美術館正面
ベラスケス像

 ソフィア王妃芸術センターは、18世紀の病院を改装したもの。なるほど、建物は古いが、外付けの シースルーエレベータが新しい。ここはフラッシュ禁止で撮影可でしたが、ゲルニカの部屋だけは撮影禁止。 面白い事にゲルニカの部屋の手前の部屋からゲルニカが見えるので、皆さんそこから写真を撮っていました。 ただし、人が多いのでご覧の様な写真になりました。この後、カメラの電源を切り、人の前に出て、じっくり見て来ました。

 この後、スペイン広場と王宮へ。
スペイン広場
王宮
中央郵便局 と
シベーレス広場

 午後、トレドへ行きました。南側展望台からの眺望が有名です。
 町の中は迷路のよう。ガイドさんからの注意は「もしも迷子になったら、 その場から決して動かずに待っていて下さい」でした。一度迷うと、ますます迷宮の奥深くに入って行ってしまう からでしょうね。
 サント・トメ教会には、エル・グレコの最高傑作「オルガス伯爵の埋葬」がある。縦4.6m、横3.6mと巨大な絵である。 私はこの絵の事を知らず、猫に小判状態でした。もったいなかったです。
 トレドのカテドラル(大聖堂)は、スペイン・カトリックの総本山。外は少し暑いくらいになっていましたが、 石造りの建物の中はひんやり涼しかった。写真は禁止。豪華な祭壇や絵画がありました。金銀宝石で作られた聖体顕示台 (高さ3m、200kg)の豪華さには、開いた口がふさがりませんでした。
 今朝までは、トレドからホテルに帰着するのは19時頃だろうから、ホテルで食事をして済ませようか?と思っていました。 ホテルは、マドリード中心部から離れた所に位置していたので、外出が億劫に感じていた事もありました。 しかし、トレドからの帰りのバスの中で、いろいろ考えました。 今晩はスペインでの最後の夜になります。ホテルに燻ったままで良いのだろうか?と言う気分になってきました。
 スペインは、そもそも、ロンドンの経度に近いのに、ローマと同じ時間帯(+1h)になっています。さらに、 サマータイム中なので、+1hされます。従って、スペインは、+2h時間帯に なっている事になります。即ち、カイロ時間帯と同じ事になります。 結局、日没が標準時間より2時間遅いと言う事になります。 実際、日没は20時半頃でした。そのせいもあると思うのですが、スペインでは昼食、夕食の時間も遅めで 昼食が14時頃、夕食は21時頃が標準と言う事でした。
 ホテルに到着するのは19時でも、実際の時間は17時頃と考えるべきなのか?? スペインにもう一度来る事は、たぶん無いだろうし・・・。 結局、マドリード市街に出かけ、プラド美術館を訪れた時に入れなかった王立植物園に行こうと思いました。 でも、王立植物園の入場は19時30分まででしたので、ひょっとすると間に合わないかもしれません。 その時は、やはりプラド美術館近くのレティーロ公園に行ってみようと思いました。
 結局、ホテルに帰着したのが18時45分位でした。 家内が声かけしたみたいで、間取さん(仮名)、風羅都さん(仮名)姉妹も一緒に行く事になり、5名のグループになりました。 私は家内と2人で行くと思い込んでいたので、ちょっとびっくり。
 ガイドさんに聞くと、タクシーは渋滞に巻き込まれる可能性が高いので地下鉄を使う事を勧めてくれました。 ガイドさんの助けも借りましたが、分かりやすい表示があり、 地下鉄の乗換は思ったより簡単でした。結局、王立植物園の入場時間には間に合いそうになかったので、 レティーロ駅で降り、アルカラ門を遠目に見てレティーロ公園に 入りました。広くて綺麗な公園で、アルフォンソ12世記念像、ベラスケス宮殿、ガラスの宮殿等もありました。
アルカラ門
アルフォンソ12世記念像
ガラスの宮殿

 広い公園を抜けて食事をする場所を探しました。近くの大きな駅(アトーチャ駅)の方に歩いて行けば何か有るだろう と言う事で行くと、大通りに出た所にオープンカフェレストランがありました。開放的な歩道のテーブルに座り、 暮れ行くマドリードの風景を眺めながらの夕食になりました。料理と共に、親切な店員さんのサービスが心に残りました。 スペイン旅行最終日の夕食でもあり、旅行の話で盛り上がったのは言うまでもありません。
 帰りは添乗員さんから言われていたように、タクシー(25ユーロ程)を使いましたが、思い切って地下鉄(1人1ユーロ) を使えば良かったなと、後悔しました。しかし、時間も22時頃でしたし、アトーチャ駅付近や地下鉄は、 犯罪の多い場所でもあるらしいので、何事もなく帰れて良かったとしましょう。
4月8日
 翌朝、バイキング形式のホテル朝食会場にシャンペンボトルが置いてあったので、ボーイさんに飲んでいいか聞くと、 OKと言う事でした。(栓抜きを用意するらしくて)席で待つように言われたので待っていると、 フタを開けてくれたばかりでなく、テーブルにシャンペングラスを2つ用意してくれて、おまけにシャンペンを グラスについでくれたんです。 無料なのに、注文したみたいなサービスが受けられてうれしかったです。
 成田で福岡空港行きの飛行機を待つ間、食事をしました。日本に帰ってから食べたいもの・・・それは、うどんでした。 狭い機内に長い間閉じ込められていて、優しい食感を体が求めているのかもしれません。 うどんを食べていたら、同じツアーで福岡から参加の母娘も同じ店に入って来られました。みなさん同じ事を 考えるのですね。でも、うどんの味は何か違う・・・。私が求める味は、やはり九州の味なのでしょう。
 マドリードから、アムステルダムへ向かう途中、地上の景色が良く見えました。スペイン、フランスの国土は、 延々と畑が続いています。成田から福岡へ行く時も日本の国土を改めて眺めていたら、日本は本当に山ばかり。 しかも僅かな平野は、その多くを市街地が占めていて、田畑はとても少なく感じました。私には専門的な事は分かりませんが、 日本の食糧自給率が悪いのも一目瞭然の様な気がしました。それと、おまけですが、成田からの帰りの飛行機 の中から、笠富士が見えました。
 今までの海外旅行でも、期待以上の感動をしてきました。 その中でもスペイン旅行は、期待を遙かに上回る感動があったような気がしました。特に植物好きの家内にとっては 最高の旅行になったようです。
 マドリードでのほんの短い時間の自由時間は、特別記憶に残ったような気がしました。 特に一度訪れたら二度と来る事はない と思われる海外旅行では、見所を一つ残らず見たいと言う気持ちが働き、ガイドさんの案内に頼りがちです。たしかに ツアーに参加すると、交通手段が確保されている上に、ガイドさんの案内があるので、効率的に見所を回れると思います。 スペインは見所が国内に広く散らばっているので、ツアーのメリットが大きいです。 でも、結局、旅の目的は、「感動する事」ではないかと 思います。世界遺産をカメラに撮ってもそれだけの話なのです。自分の意志と足で動き出会った物にこそ「感動する事」が できる気がします。何だか、人生とか、書・篆刻の事とも関連しているような気がします。多くの人や師が良しとす るものを目指して今まで来た気がします。いや、その事自体を否定する気持ちはさらさらありません。 多くの人や師が示すものは確かな事でそれ抜きに勉強はできませんし、目指すものもありません。 私が言っているのは、それにプラスするべき事です。 自分の意志と足で動き出会ったものに「感動する事」こそが、人生や、書・篆刻の目的のように思えて来ました。 そして、その過程が「物語」になるのでしょう。
2011年6月

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