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左右の筆順(2)決定の真相
本ページは
左右の筆順(1)文字の成立ち
の続きです。
左右の字は、成立ちが全く異なるのに、最初の二画「一」「ノ」の形がほぼ同じとは・・・
文字の成立ちを理解したつもりでも、私は不思議に感じていました。
左の変化はまあまあ納得できても、右の変化にはどことなく不自然さを感じていました。
でも、ここは不自然さを感じたとしても、受け入れるしかないです。
きっと右手で書きやすいように変化していったためだろうと考えます。
「右」と同じく間違えやすい「有」の筆順を確認していこうと思います。
「有」の一画、二画は、「右」と同じく右手を表します。
従って、筆順も右字と同じく「ノ」→「一」になるのです。
参考までに、有の字は、すすめる意と音を表す右手の部分と、肉を表す月とから成り、
ごちそうをすすめる意を表します。転じて、もつ、ある、の意に用います。
次に、「布」をみてみます。
「布」は、「ぬの」の意符「巾」と、音符「父」から出来た形声文字。上部の「父」は、右手に斧(一説では、ムチ)を持っている象形文字。
上部の形は基本的には右手なので、「右」と同じく「ノ」→「一」になります。
さて、次は「友」です。
この「友」も、右手に関係しています。右手を二つ並べた形になっています。
おや?待って下さい。友の筆順は、「一」→「ノ」で、左字と同じです。
しかし、文字の成立ちを考えると右字と同じはずでは???
とにかく、篆書の次に古い隷書をみてみましょう。
これは、「右」と同じ筆順で、手の部分を書いてから腕の部分を書いています。
隷書の「友」には、こんなのもあります。
これも「右」と同じ筆順で、手の部分を書いてから腕の部分を書いています。
こちらの隷書の方が、楷書の友字に近いので、こちらの隷書が楷書に変化していったと思われます。
行書を見てみましょう。
なんと「一」を書いて「ノ」になっています。「左」の第一、二画目と同じ筆順です。
ここに来て、今まで信じていた文字の成立ちと筆順の関係が崩れ去ってしまいました。
「友」の字源は、右手に由来していますが、筆順は「左」と同じく「一」を書いて「ノ」になっています。
なぜ、こんな事に???
悩んでいる頃に見つけたのが、
文部省の「筆順指導の手引き」です。こんなものがあるのだったら、早く気づけば良かったと思いながら読み進み、下記のような記述を見つけました。
横画が短く、左払いが長い字では、横画をさきに書く。
例:左・友・在・存・抜
横画が長く、左払いが短い字では、左払いをさきに書く。
例:右・有・布・希
短い画を先に書くというのは、大変合理的な方法だと思います。確かに、短い画を先に書いた方が書きやすいです。
ここで「友」の筆順を再度考えてみます。
篆書では、右と同じく手の部分を書いてから腕の部分を書いていたと思います。
隷書になると、波磔が出てきます。波磔は原則として一字に一つだけです。
波磔は、他の画に邪魔されることなく、のびのびと書きたいです。
自ずと最終画に波磔が来て、上部は(波磔が出来なくて)短い画になったと考えます。
ただ、この時点でも、右手が二つで構成されている事に変わりはなく、第一画「ノ」、第二画「一」の筆順でしょう。
この隷書を元にして出来上がった行書は、「一」が短く、「ノ」が長いので、
筆順は、短い画を先に書くという合理的な方法に従い「一」→「ノ」(左字と同じ)になったと考えます。
今一度「右」の字を見ると、右字の下部は「口」であり、三画目以降に波磔を作れません。自ずと第二画の「一」に波磔が出来ます。
右と友の最初の二画の書き順の違いは、「一」に隷書の波磔が有るか否かでその長さに差が出来、
その結果、筆順の違いになったものと推察します。
横画と左払いの長さによって筆順が決まるという事は、納得してきました。
そうは言っても、左と右の字を見て、横画と左払いの長さの違いは微妙に思えます。
でも、書道字典で左右の文字を眺めてみると、「左」と「右」で横画と左払いの長さの違いは確かにありそうです。それでは、それを数値化して見ようと思いました。
私が考えたその方法は、次のようなものです。
二玄社の大書源に掲載されている古典の左と右の字を、それぞれ頭から掲載順に50字を対象にしました。
単独の文字を取り出すと楷書、行書の区別は、はっきりしないので、楷書、行書を特に区別せずに対象としました。
対象の線のカ一ブは無視して線の最初と最後の長さを直線定規で測定しました。苦しみながらも0.1mmまで読み取りました。
精度は高くないかもしれませんが、一応の傾向を見るためには十分と思いました。
横画の長さを1として、左払いの長さがどれくらいになるかを計算しました。
横画「一」と左払い「ノ」の比なので、「一ノ比」と呼ぶことにします。
数値化して見ると言う試みは、なんと!世界初の試みです(ただし、自称)。
それでは、世界初(?)測定データのヒストグラムをご覧ください。
横画を1とした時の左払いの長さ、つまり「一ノ比」の平均で
左・・・1.81
右・・・1.00
となり、結構はっきりした差になりました。
「左」の左払いは横画よりもかなり長めです。
左払いの長さにバラつきがある事も特徴でしょう。時として横画の3倍弱に迫るくらい長くなる時があります。
横画よりも短い例もありますが、非常にまれです。
短い横画に続けての左払いは、自由に伸び伸びと書きたくなるのは自然な気がします。
「右」の左払いは横画とほぼ同じ長さです。また、左払いの長さのバラつきは少ないです。
左払いの直後に横画を書かなければなりませんので、伸び伸びと書く事はできず、自然に短くなったと考えられます。
次に、パソコンのフォントの「一ノ比」を調べました。
三つのフォントの「一ノ比」を測定し、先ほどのグラフにプロットして見ました。
三つのフォントの「一ノ比」は、あまり変わりません。また、「左」「右」であまり違いはありません。
・・・とは言うものの「左」の方が、わずかながら「横画が短く、左払いが長い」という傾向があるのは面白いです。
古典の文字を見ると、左が「横画が短く、左払いが長い字」、右が「横画が長く、左払いが短い字」である事は明確です。
しかし、日常、目にする事が多いフォントは、左右の違いは微妙です。
文部省の「筆順指導の手引き」で言う所の、左が「横画が短く、左払いが長い字」という事を、
フォントを見て読み取る事は、かなり難しいと思われます。
あとがき
横画と左払いの長さの違いは、文字の成立ちから来ています。
そして、短い画を先に書くというのは、大変合理的な方法で、自然にそうなったのです。
文部省の「筆順指導の手引き」で「横画が短く、左払いが長い字では、横画をさきに書く」という事は、
その合理的な方法を明文化しただけなのです。やはり、文字の成立ちが筆順を決めていたと言って良いと思います。
「友」の字にしても、篆書→隷書→行書という変遷に伴って筆順が決まったわけですから、文字の成立ちが筆順を決めた事に変わりありません。。
そもそも、書道で使われている筆順、言い換えると、過去に使われた例がある筆順は、一つだけではありません。
漢字そのものにも、異体字が存在しています。異体字を排除し、筆順を一つにしているのは、
全ての人に分かり易くするためだと思います。学校教育の都合もあるでしょう。
ところが、意外な事に、「筆順指導の手引き」には、次のような記述もあります。
「本書に示される筆順は、学習指導上に混乱を来さないようにとの配慮から定められたものであって、そのことは、
ここに取りあげなかった筆順についても、これを誤りとするものではなく、また否定しようとするものでもない。」
そうは言っても、学校では、学校で習った筆順だけを使いましょう。書道では、名筆の筆順を読取り、学んだ筆順を堂々と使いましょう。
中国の筆順は日本と違うそうです。右も左も「一」→「ノ」。中国は日本以上に斬新なところがあると思います。
一番感じるのは、簡体字(簡略化された漢字)です。中国の方針は、超合理的です。
筆順は、複雑で難しいです。
だからと言って、中国の様に統一化、簡略化を強力に推し進めるのはいかがなものかと思います
(それでも漢字は多いですし、複雑です)。
複雑であっても、文字の成立ちを尊重して行った方が薫り高い文化が感じられ、
筆順を紐解いていく面白さを味わう事が出来ると思います。
あとがきの後に話が続いて恐縮ですが、最後に、争座位文稿の「右」字にまつわるお話です。下記ページも是非ご覧ください。
左右の筆順(3)争座位文稿
2024年2月記
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